2005 年
9 月
14 日
壊れる人々
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朝日新聞夕刊に掲載された辛淑玉さんのコメントが私のやり場のない気持を代弁してくれた。「大衆の攻撃性を扇動」まさにいい得ている。 思い起こすとバブル崩壊後、経済や社会の指針が見えない空白の10年を経ていく中で生活に潜む病巣は浸潤していった。不況、競争激化によるリストラ、不安定雇用による収入減。愚直な努力は報われない。プライドが傷つけられ惨めな状況に置かれると人は他人になりすましたり、自分より弱者を見つけ安堵感を得るらしい。(たまたまだけど獄窓記の山本譲司氏の体験談です)メディアやインターネットは相手をいたぶる格好のツールになる。 公務員、教師等、不況でも安定収入がある、NGO等の非営利の活動家が何か誤った行動でもした時に世論は特に狂暴になった。長野県知事誕生時に名刺を折った県職員へ、イラクでの日本人人質へ、何万通も批判メールが届いた。拉致が社会問題化した時はあれほど熱心に騒いだマスコミ、国民も今は熱が醒めバッシング対象が金正日や外務官僚から家族会や拉致被害者に変わっている。 売国、国家主権というフレーズが飛び交う物騒な世の中を嘆く声は驚くほど小さい。郵政民営化法案の中身はどうでもよく、公務員や既存政治への反感が爆発したのかもしれない。末期の苦しみを救う処方箋は副作用など関係ない。壊してしまおう!壊れる前に。こういう事なのかもしれない。 国や社会のかたちは我々自身が決める事を見失っていないだろうか?私は諦めたくない。強者の扇動に惑わされない市民政治実現を信じる人々よ。冬の間に熟成させよう!
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